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くるくる!クルマ業界裏話

クルマに関する裏話をコソーリ教えるブログです

 

世界を変えてしまったナイスパパの裏話 空気入りタイヤの発明者 ジョン・ボイド・ダンロップ

今回は私たちが普段当たり前に使っているタイヤに革命を革命を起こした人物のお話です。彼がいなかったら自動車はおろかバイクや自転車などタイヤが付いている乗り物は現代のように発展することはなかったでしょう。

空気入りタイヤを発明したジョン・ボイド・ダンロップです。

【1840年~1923年】

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今回のダンロップさんは前回のグッドイヤーさんとは違って
タイヤメーカーのダンロップと関係は大アリです。

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ジョン・ボイド・ダンロップはそれまで車輪にゴムを貼り付けただけだった馬車や自転車のタイヤに代えて、空気入りタイヤを発明し、実用化、商品化した人物です。

それでは、ジョン・ボイド・ダンロップさんがいかにして空気入りタイヤを考えつき、どうやって開発し、商品かしたのかをお話ししていきましょう。

【目次】

 スコットランド生まれの獣医さん

ジョン・ボイド・ダンロップ(以下JB)はスコットランドにあるノース・エアーシャーのドレグホーンという場所で生まれます。家は農家で、賢明な勉学の末、エディンバラ獣医大学を卒業して、10年程の時間をエディンバラで過ごしていました。

アイルランドのベルファストに引っ越し、31歳で結婚。獣医として仕事をしながら暮らし始めます。

子供の自転車競争

そんなアイルランドに渡って20年程経ったある日、10歳の息子ジョニーが父であるJBに子供らしい、よくある質問をします。

「パパ、1度でいいから僕は自転車の競争で1番になりたいんだ。」

「どうすれば1番になれるの?」

当時、自転車は流行していました。ジョニーの友達も自転車を持っていて、子供たちの間で競争遊びは大変な人気でした。

JBが返したこの質問の答えも、よくある父としての答えでした。

「たくさん練習をすれば、いつか1番になれるよ。」

ジョニーは話を続けます。

「背が大きくて、力持ちの子にどうしても勝てないんだ。」

JBは返します。

「練習すれば体力もついて体もきっと大きくなるよ。」

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ジョニーは素直に父の意見を聞き入れ、毎日練習に励みます。

父JBはそう言いながらも、なにか息子の役にたてまいかと思考を巡らしていました。

石を敷き詰めたデコボコ道

良い方法がないかと考えている間に、若いころこのベルファストに引っ越してきた日のことを思いだすことがありました。スコットランドから海を渡り、アイルランドへ入った後は馬車へ荷物を移しての移動でした。

当時の道路はもちろんアスファルトやコンクリートといった平坦なものではなくて、石などを敷き詰めたデコボコ道でした。

そして、当時馬車の車輪や自転車の車輪と言えば木や鉄でできており、タイヤとはいっても外周にゴムを貼り付けただけのものでした。

馬車にはクッションになるような機能はなく、乗っている人はもちろんのこと、獣医のJBとしては振動を受けながら、重い荷物を載せた馬車を引く馬が可哀想でなりませんでした。

ジョンと自転車の話をしている時にもこのことを思い出し、聞いてみると、やはりデコボコはつらく、スピードを出しにくい。という答えが返ってきました。

このデコボコ、ガタガタが速く走るための障害になっているのではないか?
とJBは考え始めました。

頑張りすぎたジョニー

そんなある日、ジョニーがあまりにも熱心に練習をしたためか自転車のタイヤ張り付けられたゴムがちぎれてしまいます。

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JBは修理をしようと替えのゴムをさわっている内に気が付きます。

「動物のお腹と似たような感触だ・・・」

「そういえばこの間、診察したヤツはお腹がガスで張って苦しそうだったな。」

「・・・! お腹が張った状態と同じような物をタイヤにできないだろうか?」

「空気入りのタイヤだ!」

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こうしてJBは息子ジョニーの夢を叶えるために裏庭を実験場として、日々診察の合間をぬって、研究と実験を始めます。

木の円盤にゴムチューブを巻き付け、ゴムを塗った布で上から巻き付け、ぐるり一周鋲(びょう)で留めました。

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これが予想以上にうまくいき、さらなる改良をする為に庭に置いてあった散水用のゴムホースや聴診器のゴムホースなど家にあった様々なチューブを試したり、新品のゴムチューブも何本も買いながらも親子の実験、試行錯誤は続けました。

 

そして遂に空気入りタイヤを装備した自転車が完成します。

ジョニーの評価も上々で、自転車のスピードも見てとれました。

 カッコ悪いと言われた自転車

 ジョニーは意気揚々と友達の前に自転車に乗って登場します。

「なんだ?その変な車輪!?」

「カッコ悪いな~」

友達は口々に言います。

ジョニーは腹を立てますが、競争で自転車の実力を見せようと勝負に挑みます。

「よーい!スタート!!」

ジョニーの自転車はみんなをあっという間に抜き去ります。ジョニーの自転車は一度も抜き返されず、そのままゴールします。

ジョニーは遂に競争で1番になれたのです!

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その後、自分の自転車も改造してほしい、と大勢のジョニーの友達がJBの元を訪ねました。JBは快く引き受け、どんどん空気入りタイヤを作っては装着させました。JBこの時に空気入りタイヤの需要が非常に高い事に気付きます。

そして、JBは1888年に空気入りタイヤの特許を取得します。

翌年1889年には自転車メーカーと協力して、自転車レース用のタイヤ『マミータイヤ』を製作します。マミーとはミイラのことで、ホイールにチューブを装着するのにゴムを塗った包帯のような細い布でぐるぐる巻きにしてあったことから、この名前が付けられたそうです。

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このマミータイヤを装着して自転車レースに出場した選手は他の選手を一切寄せ付けず、圧勝します。レースで性能を見せつけた空気入りタイヤはニュースになり、とても有名になりました。

アイルランド東部の都市ダブリンに「The Pneumatic Tyre and Booth’s Cycle Agency,Ltd」(The Pneumatic Tyreは空気入りタイヤの意)が設立され、JBは特許権を譲渡して、株を受け取り、役員の1人となりました。

1892にはイギリス コヴェントリーに移り「Dunlop Preumatic Tyre Co.」となり、JBは1895年に持ち株を全て手放し、タイヤの開発からは身を引きます。

その後会社は1900年にバーミンガムへ移って「Dunlop Rubber Company Ltd.」と現在でも聞きなれた会社名になります。

1909年には日本にも神戸市に工場が建てられ、これが日本初のタイヤ工場になりました。当時は馬車や人力車用としての需要が大きかったようです。

株を手放してタイヤ事業から身を引いたJBは1921年にこの世を去りました。

経験を活かして新しい物を作ったJB

引越しの時の苦労した経験や獣医としての経験を活かし、息子や動物を大切に思い、なんとかみんな役に立つものを作ろうと考えたジョン・ボイド・ダンロップ

10歳の子供の願望が今日の自動車産業の発展を変えたお話でした。

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